友人付き合いの変化 【人生好転のサイン】

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こころのボヤキ

ここ数十年友人関係の変化を感じること多々。特に筆者独身なので、子持ち友人とは話が合わなくなってきているこの頃。それでも今の自分の価値観にあう友人がいるおかげか、なんだか平気。付き合う人間が変わる事は人生好転サインの一つとも思うから意外と受け入れられてる自分でよかったと思います。

特にママ友との付き合いは女性あるある。子どもができた友人とは疎遠になりつつ、遊ぼうとさそわれても、こちらも正直気乗りしない。(遊ぶというか、傾聴タイムになってしまうからかな)

ある時の小話で、私以外全員子持ちグループで会った時に保育園の話やら、ランドセルの話やら、子どもの話ばかりで、当たり前だけど面白くはない。飲み屋でおじさんの武勇伝聞かされるのと同じくらい興味はないけども、相手は大切な(にしたかった)友人だし、そんな態度でいるわけにもいかないから適度に質問したりして興味ある感を一応出しつつ、なんだかせっかく会えたのにとてもつまらない時間に。

逆に思ったんです。なんで(友人は)自分の子供の話を(独身子ども興味なしの)私が楽しく聞いていると思うのだろうか。そこまで気が回らないくらい話す相手が近くにいないのか?とかいろいろ考えてしまうが、子育てしてると考えることが子どものことばかりになってしまうから、しょうがないのだろうと解釈。しつつも、例えば私が自分のペットの話を友達に延々しても面白くないだろうというのは、さすがに自分でも察するんだけどな、、、(笑)

正直、友人にはまだ興味あるけど、友人の子は興味はない。せいぜい範囲は旦那くらいまでかな。(多分子どもの話は人格形成できてきた小中学生頃からなら聞いてておもろいかな)その時点でそんな気遣いすらできなくなってしまった友人はその時点で、いま自分が大事にしていきたい人達とちょっと違うと自然に感じるように。

昔はあんなに気が合って、四六時中一緒にいて、話も経験もなんでも共有できたのに、この数年で経験してきた事の差によって、ここまで興味関心事がお互い面白くなくなっているのか、、、と寂しさも少しあるけれど、これも生きてるステージが違うということがちゃんと理解できていれば受け入れられる。見ている方向性も違うから未来が全く違うわけで、話が合わなくて当然。

しかし、ママ友全員がそうだというわけでもない。実際子どもがいても、昔のように会ってお互いに有益で面白い会話できる人もいる。むしろそんなママ友の場合だとその子どもの事まで気になるし、参考になる事も多い。そういう会話ができる人もいるわけで、人間レベルの差を感じてしまったわけです。

愚痴大会だったり、時間泥棒だったり、自分の価値観を下げたり、人生の足をわざと張ってくる人達も入り混じる世の中ですから付き合っていきたい人は厳選すべきかなと思う。とか、そもそも友達の少ない私が案外困らずに過ごせているので、なんとかなるんよ。

友人関係って子どもの時から若い時はいろんな人と付き合って経験して学んでを繰り返して、精神的に大人になったときそれが人を見る目に変わる。若い時の友達が自分と同じレベルでない場合、お互い居心地が悪くて当然。

今自分が大切にしたい友人とは、その人の生き方考え方が尊敬できるし、自分の事を大切に思ってくれるのが自然と感じられる人。そういう人達が周りにいてくれるだけで、流されることもなくなるし、生き方もぶれなくなる。精神的にも落ち着くし、魂レベルで共に成長できるそんなありがたい存在なんです。

以上、友達厳選中マルコでした。

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